| 13歳からサックスを吹き始める。 |
| 1966年より故阪口新氏に師事。 |
1973年
東京芸術大学音楽学部器楽科卒業後、バークリー音楽大学に留学。
4年の課程を2年半で習得し、1年半同校で教鞭をとる。 |
1977年
ボストンからニューヨークに進出。
デューク・エリントン楽団(マーサー・エリントン指揮)、チャールズ・ミンガス、ジャック・マクダフ等の一流ミュージシャンと共演後、1979年に名門ライオネル・ハンプトン楽団に迎えられ、同バンドのリード・アルト兼コンサートマスターに就任。 |
1983年
デビューアルバム「MALTA」を発表。 |
1987年
アルバム「SPARKLING」で第1回日本ゴールド・ディスク大賞に輝く。 |
1988年
「HIGHPRESSURE」は、全米発売にもなり、大ヒットアルバムとなる。 |
2003年11月
日本デビュー20周年を迎え、記念アルバム「HALFMOONSTREET」を発表。 |
2004年
初の」AZZアルバム「MANHATTANIN BLUE」(★Swingjournal選定【ゴールド・ディスク】)を発売。
同アルバムの高音質版XRCD24も発売となる。 |
2006年8月
通算30枚目にして初のLlVEアルバム「LlVEINJAPAN-Jazz Up,BackUp,DressUp,」(MBl-2001)を発売。
自身のバンドをM.J.Q.plus(MAmJAZZQUINTETT,PtuS)とし活動する。 |
| 現在、雑誌への連載、自叙伝・教則本の出版、バイクチーム(マルタ・ワークススポーツレーシングチーム)の監督として国内外のレ「スに出場する他、文化教育にも力を注ぎ、「全日本高等学校選抜吹奏楽大会」で審査員をつとめ、“MAHA賞”が設立。 |
| 全国のアマチュア吹奏楽団・ビックバンドと共演、毎年開催される「Fetede】aMusiqueauJapon音楽の祭日」にて東京では名誉顧問・大阪では特別顧問となる。 |
2008年
大阪芸術大学の教授に着任し、音楽理論・アンサンブル等の教鞭をとり、後輩の育成、プロ・アマ問わない音楽発展に尽力するなど精力的な幅広い活動を繰り広げ、そのサックス・プレイには観衆のみならず、一緒に演奏した人たちの心に多くの夢と感動を与え続けている。 |
| 引用:第19回南郷サマージャズフェスティバル プログラム |